空き地図鑑

空き地、更地、使われていない資材置き場、オープンスペース、祭祀場、住居跡地など、「空いている場所」がもつ様々な機能、意味、魅力を探ります。 (※本ブログに掲載の写真および文章の無断使用(転用・転載など)は禁止しています。)

余ってしまった土地3

使われなくなった出入り口(トマソンの空き地)

f:id:akichiniiko:20190817212157j:plainデパートの一画に長い間使われていないデッドスペースがあった。

このデパートは2016年に閉店した「そごう柏」なのだが、この一画(黄色いチェーンがかかってる中)は閉店にともなって閉鎖されたわけではなく、営業していた頃も長い間使われなかったスペースなのである。

ストリートビューで過去の様子を確認すると、ここは少なくとも2012年2月から閉店する2016年9月まで使われない無駄な空間として残り続けていたことがわかった。 

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入り口付近の様子。

もともとは、デパートのエントランスか従業員用出入り口だったのだろう。しかし、いつ頃からか塞がれてしまい機能を失くしたエリアになってしまったようだ。ちなみに、こういう階段のことをトマソンの分類では「無用階段*1と呼んでいる。また、写真左端に見切れてる階段は現在も通路として使われており、2階の駅前広場につながっている。

 

f:id:akichiniiko:20190817212452j:plain反対側にも短い階段がある。

f:id:akichiniiko:20190817212358j:plainデッドスペース全景。

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奥には、出入り口の痕跡として踏み台と壁の出っ張りが確認できる。つまりここはトマソンの「無用門」*2でもあるのだ。

(no.181 / 千葉県柏市)

 

 橋の下の無用空間

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これは散歩中に見つけた、橋の下の使われていない空間である。

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光と影によってガランとした雰囲気が引き立っていて良い。人通りの少ない静かな環境なら、中に入って一人ぼんやり佇んでみたかったのだが…。

f:id:akichiniiko:20190817210841j:plain橋の反対側にも使われてない空き地があった。

f:id:akichiniiko:20190817210903j:plainしかし、このように細長い土地なので利用には向かなそうだ。

以前このブログでは、有効利用されている都内の橋の下の空き地を紹介したことがある。

しかし、ここはコンビニでも広い駐車場がつくられる地域(田舎)である。わざわざここを利用するほど土地に困っているわけではないのだろう。

 (no.182 / 茨城県龍ケ崎市)

 

 三角形の空き地

f:id:akichiniiko:20190817213434j:plainゴルフ場(奥)と住宅街(手前)の間にあった三角形の空き地である。

土地の形が不整形だし、斜面という地形なので開発されずに残ったものと考えられる。

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よく見ると、空き地の中には高いポールを支えるワイヤーが設置されていた。ということは、ここも一応ゴルフ場の管理地のようだ。

f:id:akichiniiko:20190817213515j:plainしかしワイヤーが張られているのは一部だけで、それ以外のスペースは何かに使われている様子はない。  

この場所のように、施設や家の隙間にできた「無目的(的)スペース」「中途半端な余剰スペース」を見つけるとワクワクしてしまう。

子供の頃から、遊び場にしたくなるような自由な雰囲気を感じてしまうのだ。

(no.183 / 茨城県龍ケ崎市)

 

踊り場の空き地

f:id:akichiniiko:20190817205450j:plain柏駅近くの空き地を紹介するのは、これで3件目くらいだろうか。

駅に繋がる階段の踊り場に、ひっそりとあった空き地である。

f:id:akichiniiko:20180404212520j:plainここは、階段をつくる過程で余ってしまったのだと考えられる。

しかし、わざわざ土(砂?)が入れられているので、当初は花壇にするつもりだったのかもしれない。

その後、日照があまり良くなさそうだとか、水やりの手間がとか、管理条件に何らかの問題が生じ、放って置かれることになった …と想像している。

(no.184 / 千葉県柏市) 

 

〜おまけ〜

 

f:id:akichiniiko:20180404212532j:plain「空きゴミ集積所」

撮影した時にたまたま空っぽだっただけで、おそらく日常的に使われているゴミ集積所である。

ただ、何となく気になったので撮影した。

これまで、マンションや商業ビルのゴミ集積所には、金属製の檻やボックスが集積庫として使われているのを多く見てきた。

しかし、ここには、敷地内の凹んでいる場所に、わざわざビル壁面と一体化した洞穴型の集積所がつくられている。

壁の出っ張りがそのまま屋根になり、壁の質や色も建物と同じである。サイズは小さいのに、工夫しているのが良い感じである。

 (東京都文京区)

 

f:id:akichiniiko:20180404212535j:plain東京タワー水族館にあった「空き水槽」である。

館内を順番に回り、この水槽の前まで来ると、一瞬、水槽内に魚の姿を探してしまう。壁の隅に張り付いてるやつがいるかもしれないし、右下の珊瑚とかに隠れてるかもしれないからだ。

「入れ替え作業中」の張り紙と魚の紹介パネルさえなければ、案外、客は「何かいるんだろうけど見つけられなかった」と納得して回ってくれるのではないだろうか。

パネルには「ナンヨウハギ」と「クマノミ」の説明がある。

f:id:akichiniiko:20180404212541j:plainすでにポンプも稼働してるので、間もなくそれらの魚が移されるのだろう。

しかし、どこか切なさも感じる風景である。

 

f:id:akichiniiko:20180404212545j:plainこの水槽には張り紙もない。ということは、何かいるのだろう。

…が、やはり生き物の姿は見つからない。

照明もついていて妙にきれいである。

何かの実験水槽にも見える。

ひょっとしてこれは、観客の想像力を試すアート作品なのだろうか?

白く明るい照明、ポンプから上がる泡、水面のゆらめき…。心を空にしてこれらを眺めていると、ある瞬間から泳いでいる魚の姿が見えてきそうだ。 

「和名:ゲンソウウオ 学名:nontitle(visionarium piscis)  大きさ:不明 おもな棲息域:深層心理

長時間一人で水中を眺めていると姿をあらわす魚。ただし精神状態が不安定な者、あるいは常人より安定した者の前には、比較的短時間で姿をあらわす。外部からの刺激に敏感で、危険を感じたときは周囲の風景に同化し身を隠す。」

…といったパネルでもつけたくなる。

 

(東京タワー水族館 / 東京都港区)

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*1:赤瀬川原平らが「超芸術トマソン」として分類したものの一つ。赤瀬川原平『トマソン大図鑑 無の巻』筑摩書房、1996年、25〜79頁参照。

*2:同上、83〜147頁参照。