農地が広がるエリアを散策中、建物の基礎部分が残っている空き地を見つけた。
上の写真のように、建物の基礎は奥へ3つ並んでいる。
ストリートビューで過去の様子を調べてみたが、最も古い画像にも建物の姿は写っていなかった。しかし、地理院地図*1の空中写真を確認したところ、2008年まではここに3棟の建物が立っていたことがわかった。
南西の角から見た空き地のほぼ全景(見切れている右奥に少しだけ続いてる)。
敷地の周縁は、塀の基礎と思われるコンクリートブロックでぐるりと囲われている。
そして、写真右側の見切れている道を進むと、下のような出入り口らしき跡がある。
敷地の南側に残る出入口跡と見られるもの。
左右には門柱の基礎部分と思しきコンクリートがあり、その間には金属のレールも残っている。
門柱のすぐ右側には切り株もあった。
敷地内には庭木の痕跡らしき切り株がいくつもある。建物を解体するタイミングで切られてしまったのだろう。
敷地内は一見すると砂利が敷かれているように思えたが、近寄って見るとコンクリート片がほとんど。
南東の角から見た空き地の全景。
つづいて建物の基礎を見ていきたい。
1つ目の基礎の様子。
ここにあった建物は、穴あきブロックを壁面の基礎として使っていたらしい。住居ではなく、倉庫や作業小屋だった可能性もある。
この辺りの地面には配管がいくつか突き出ている。素人なのでこれが何かはわからないが、地下水を汲み上げていたものと推測。
基礎の中には少し高さのある構造物があり、ここには4〜5本の配管が通っている。
別の角度から見ると、内側はタイル貼りだとわかった。配管の多さを考えると風呂場に思えるが、バスタブを置けるような広さには見えないので、シャワー室かトイレだったのかもしれない。
なお、隣地との境界付近には、庭木らしき切り株が奥へ並んで残っている。
そして、これが残りの2つの基礎。
2つ目の基礎の左端。
コンクリート片が積まれて放置されている。
2つ目の基礎の右側。
この基礎には穴あきブロックが使われておらず、1つ目の基礎とは造りが異なる。おそらく、ここに立っていた建物は住居だったのではないだろうか。
そして、これが一番奥(東側)に残る3つ目の基礎。
ここにも穴あきブロックは使われていない。また、右端には水道の蛇口が残されている。
ここと2つ目の基礎との関係は不明だが、建物が立っていた時は渡り廊下などで一体化していたのかもしれない。もしくは、ここに立っていた建物は独立した離れだった可能性がある。
空き地の全景。
これまでも、このブログでは塀や建物の基礎などが残る空き地を紹介してきた。
これらの残置物は、撤去費用を抑えるために残しているケース、再利用を見込んで残しているケースなどがある。そして、残置物のある空き地はそのまま売りに出されることもあり、不動産会社のホームページなどを見ると「現況渡し」と呼ばれて取引されている。一方、残置物を解体・撤去してから引き渡すことは「更地渡し」と言われる。
この空き地は、私が観察した限りでは5年以上放置されている。そして、このエリアは人口が減少傾向にあるので、ここが再開発される可能性は低そうだ。ただ、除草管理はされている様子なので、しばらくはこのままの状態で維持されていくのではないだろうか。
(no.537 茨城県)
*1:「地理院地図」」https://maps.gsi.go.jpの2008年の写真を参照。(2024.2.10.閲覧)