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空き地図鑑

空き地、更地、使われていない資材置き場、オープンスペース、祭祀場、住居跡地など、「空いている場所」がもつ様々な機能、意味、魅力を探ります。      (※本ブログに掲載の写真および文章の無断使用(転用・転載など)は禁止しています。)

茨城県常総市鬼怒川決壊地の空き地

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洪水に耐えた家として話題になったヘーベルハウスの住宅。決壊した堤防から僅か100メートルほどの場所に建っている。

 

 

平成27年9月関東・東北豪雨」 による洪水被害

豪雨の概要*1

2015年9月7日、沖ノ鳥島の東の海上に台風18号が発生。台風は9日に愛知県に上陸し、同日中に温帯低気圧に変化した。

その後、この低気圧に流れ込む南風、台風17号周辺からの風などが影響し、線上降水帯が多数発生。

こうして、9日〜11日にかけて、関東・東北地方は記録的な大雨に見舞われることとなった。

なお、気象庁は、後にこの大雨を平成27年9月関東・東北豪雨」と命名した。

 

鬼怒川の氾濫と浸水被害*2

この豪雨によって鬼怒川の水位も上昇し、10日朝6時ころ常総市若宮戸で越水。その約7時間後には、3.5㎞ほど下流の三坂町で堤防が決壊し、大規模な浸水被害が発生した。

氾濫時の最大総浸水面積は40平方キロメートルにも及び*3常総市内では死者2名、負傷者40名以上、全半壊家屋5000棟以上という甚大な被害を受けた。

 

 

駅から決壊地点へ向かう

 

2016年9月30日、1年が経過した現在の常総市の被災地を見にいってみた。 

 

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関東鉄道常総線南石下駅を下車。

駅は無人の小さな駅だった。駅前は住宅街になっているが、家と家の間に水田、畑なども点在している。

なお、災害時はこの駅も冠水し、写真の駅舎は災害後(2016年夏)に建て替えられたものである。

ここから徒歩10分くらいで、目的の鬼怒川決壊地点に着く。

この日はたまたまなのだろうか、住宅街はひっそりとしており、通りを歩いている人の姿もなかった。

 

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やがて交通量の多い道路(県道357号線)に出て、そこから少し歩くと、目的の鬼怒川決壊地点(写真左側)に着いた。

奥のほうから歩いてきたが、道は補修したてできれいだった。

左側に見える丘が新しい堤防で、すでに芝のようなもので植栽されていた。

昨年(2015年)9月10日、この150メートルくらいの幅の堤防が決壊し、大量の水が流れ込んだ。

そして、道を挟んで右側には、下の写真のように例のヘーベルハウスの家が建っているのがみえた。

 

ヘーベルハウス住宅

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家の周囲は、まだ整地工事をしている最中だった。

そして、家の裏側に、どこまでも空き地が広がっているのが見えた。

 

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とりあえず、まずは先に決壊地点を見に行ってみる ↓

 

鬼怒川決壊地点と新しい堤防

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決壊地点の空き地全景。

表土の感じから、最近整地されたばかりにみえる。しかし、右側の砂利道も含め、立ち入りは禁止されていた。

右側にはリフォーム中と思われる家も建っていた。おそらく、洪水に耐えた住宅だろう。

 

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土砂が流入したためだろうか、地面は砂地のようだった

Google Earth」で確認したところ、この場所にもかつて家が数軒建っていたことがわかる*4

 

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新しい堤防には階段もつけられていた。 

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反対側から撮影。

手前の辺りには、かつてガソリンスタンドがあったが、もう解体されてしまったようだ。

 

 

広大な被災地の空き地は、大豆畑として使われていた

 

これ以上堤防には近づけなかったので、改めてヘーベルハウス住宅側の広い空き地に向かうことにする。

 

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ヘーベルハウス住宅のすぐ近くには、洪水に堪えた別の家もあった。ここも決壊地点の間近である。

 

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脇の方に、広い空き地へ続く道があったので進んでみる。

なお、この入口の右側にも、整地したての空き地があった(下の写真)。 

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 工事中のヘーベルハウス周辺の空き地。

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砂利道を進む。

道の右側は畑になっており、左側にも同種と思われる植物の苗(下の写真)が植えられていた。 

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 植えられたばかりの植物の苗。

 

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やがて、左右一面に、先ほどと同種の植物畑が広がっていた。

この畑について常総市に問い合わせたところ、地元の農家が栽培している約60ha(600000㎡ / 181500坪)の大豆畑だろうとの回答を得た*5

お市によれば、今年の5月末で畑の整地が完了し、 6月末から大豆を作付けしていたそうだ。また、これらは特に復興計画の一環として植えられたものではなく、間もなく収穫が行なわれるとのことだった*6

 

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左右のどこを見渡しても大豆畑が広がっている。  

 

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遠くには筑波山も見えた。

 

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この広い土地のほとんどは、地図を確認した限り、もともと水田だったようだ*7

このことから、かつて水田に利用されていたこの広い土地は、被災後に一旦空き地の状態になり、その後整地され大豆畑として生まれ変わったものと考えられる

なお、決壊した堤防近くの場所には、十軒くらいの家が固まって建っていたようだが、訪れた際にはそれらもなくなってしまっていた*8

 

 

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畑の中には古い道がいくつも通っていた。

 

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この道の左右も、すべて大豆畑である。

 

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所々、道沿いには区画の境界を示す杭のようなものもあった。

 

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新しく補修された広めの道や、補修されていない道など様々だった。

  

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細い道の地面は、所々コンクリートが損傷していた

 

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この辺りは、元々砂地の土地なのかもしれないが、洪水によって川砂が運ばれてきた可能性もある。

今回見学した場所の災害時の水深は、約50〜100㎝、深い所で100〜149㎝まで達したとされる*9

  

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道路沿いにあった家。この周囲も大豆畑で囲まれていた。

 

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この家は洪水に耐えたようだが、人は住んでいない。

入居者募集の看板がかけられていた。 

  

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大豆畑だけではなく、手入れされていないような広い空き地もあった。もともとここは水田、あるいは畑だったようである*10

 

(no.107 鬼怒川決壊地点の空き地 / 茨城県常総市)(2016年9月30日に筆者取材・撮影)

 

 

*1:概要は、気象庁「災害時気象報告 平成 27 年9月関東・東北豪雨及び 平成 27 年台風第 18 号による大雨等」『災害時自然現象報告書』2015年第1号、平成27年12月4日。(参照:気象庁ホームページ http://www.jma.go.jp/jma/kishou/books/saigaiji/saigaiji_2015/saigaiji_201501.pdf)を参照してまとめた。

*2:常総市水害対策検証委員会「平成27年常総市鬼怒川水害対応に関する検証報告書 ―わがこととして災害に備えるために―」を参照してまとめた。本報告書は2016年6月13日に開催された第9回常総市水害対策検証委員会において、検証委員会が市に提出したものである。参照:常総市ホームページ(http://www.city.joso.lg.jp/)内の「常総市水害対策検証委員会による検証報告書について」のページに添付された報告書(http://www.city.joso.lg.jp/ikkrwebBrowse/material/files/group/6/kensyou_houkokusyo.pdf)による。

*3:平成27年9月関東・東北豪雨に係る茨城県常総地区推定浸水範囲 (9月12日15:30時点までに浸水した範囲)」参照:国土地理院ウェブサイト http://www.gsi.go.jp/common/000107674.pdf

*4:Google Earth」(構築日2016/9/6)の航空写真(2015年3月10日の画像)を参照。

*5:常総市企画部企画課へ問い合わせによる。

*6:常総市農政課から確認した情報として、同企画課から回答を得た。

*7:国土地理院の地図を参照(出典:国土地理院ウェブサイトhttp://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do#1)。

*8:同「Google Earth」の2015年3月10日の航空写真を参照した。なお、 2015年3月10日と決壊直後(同年9月11日)の航空写真を比較するかぎり、この付近に建っていた約十軒の建物は流されてしまったことがわかる。

*9:山本 晴彦・野村 和輝・坂本 京子・渡邉 薫乃・原田 陽子「2015年 9 月10日に茨城県常総市で発生した洪水災害の特徴」『自然災害科学』34巻3号、日本自然災害学会、2015年。を参照。

*10:国土地理院の地図を参照。(出典:国土地理院ウェブサイトhttp://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do#1