沖縄県南城市の海に面した崖の上に「薮薩御嶽(やぶさつうたき)」がある。
ここは琉球王国時代、国王の巡礼地の一つだった聖域だ*1。
7月半ばの猛暑日、那覇市から路線バスを乗り継いでこの地を訪れた。
事前に調べたところ、御嶽の近くに「Cafeやぶさち」があり、その裏手に御嶽の入口があるようだ。
カフェの雰囲気も良さそうだったので、当初はそこで昼食を考えていたのだが店の前ではじめて定休日だということに気づいた…
仕方がないのでそのまま御嶽に向かうことにする。
とはいっても、地図が示している場所は完全な藪であり、なかなか御嶽の入り口が見つからない。しばらく地図を眺めながら藪の前を行ったり来たりしていた。
そしてようやく、草に覆われて見えなくなっていた標識と細い獣道のようなものを見つけた。
入口には大きな蜘蛛が巣を張っている。つまり、今日はまだこの御嶽に入った者はいないようだ。
クモの巣を払い中に入ってみると、草に埋れた道が奥へ続いていた。
草の高さは腰以上あり先が全然見えない。
途中で道が分岐しているところがあったが、当てずっぽうで選んで進むことにした。
周囲は静かで自分の歩く音だけが聞こえる。
本当にこの先に拝所があるんだろうか。あったとしても草に埋もれて気付けないんじゃないか、などと考えながら歩いていた。
御嶽の多くは小さな切石や香炉が置かれてあるだけで、お寺や神社のように目立つ人工物(鳥居、お堂、祠)が無いケースもあるからだ。
蜘蛛の巣を何度も払いながら誰もいない藪の中を進む。
藪や森を探検していた子供時代を思い出して気分が良かった。
そして、そうこうしているうちに初めて少しだけ開けた場所に出た。
どうやら休憩所のようだ。
御嶽の中にこんな場所があるとは思わなかった。しかし、今の時期にこの環境で休む人もいないだろう。何だか秘密基地のようで個人的には好みの空間だ。
今まで視界が遮られていて意識できなかったが、初めてこの場所が海に突き出た崖の上にあることがわかる。
再び小道を行く。絵面は変わらないけど、一応進んでいる。
まだそれほど歩いていないはずなのに、次第に方向や距離がわからなくなってきた。
すると、今度は別の休憩所に出た。
こっちの方がさっきの休憩所より見晴らしがいい。
海から心地よい風も吹いてくる。
ここで少し海などを眺めて一息つくことにした。
しかし肝心の拝所になかなか辿り着かない。この後、この休憩所を出て道なりに進んでみたが、行き止まりにぶつかってしまった。その途中で分岐点に出会ったが、どの道も草に覆われているため区別がつかず、次第に自分がどの道を通って来たのかもわからなくなってしまった。まるで子供の頃に流行っていた巨大迷路のようである。結局、迷いながら進んだ結果、入口に戻ってきてしまった…。
再チャレンジして、今度はさっき出会った分岐点から別の方向に進んでみた。
迷路を体験するのは楽しかったし、この辺りの藪道も魅力的だったので、これだけでも来た甲斐があったと考えていた。しかし、そうこうするうちについに拝所に辿り着くことができた。
ここが藪薩御嶽の拝所(うがんじゅ)である。小道と同じくらいの幅の空き地にポツンと香炉などが置かれている。しかし、それ以外には目につくものは何もない。本当にさりげなく藪の中に佇んでいる。(※自分が訪れた時は草が最も伸びている時期だったのだろう。他の人のブログをみると、普段ここは小道より広く空き地が取られているようだ。)
小さな香炉と供え物の器が置かれていた。また、花などが供えられているのにも気がついた。つい最近も人が訪れて祈りを捧げていたのだろう。
この御嶽で印象深いのは草木の鮮やかな緑色、小道に落ちる木漏れ日と陰影、藪の隙間から見える空、それに静けさである。
これまで私が訪れた御嶽の多くは、日光が直接当たらない鬱蒼とした場所にあった。そのため、どちらかといえば御嶽について暗い印象を持っていた。
しかしここは樹木がまばらにしか生えておらず、どの場所でも日の光を感じられる。
もちろん、この御嶽には他の御嶽で感じたような怖さや緊張感がないわけではない。しかし、カラッとした爽やかな雰囲気、清らかさの印象のほうが強いのだ。
また、この御嶽の魅力はもう一つある。
御嶽を歩いていると高い位置にある藪の隙間からも、また低い位置にある隙間からも常に空がのぞいていた。
これにより、この迷路のような聖域全体があたかも空中に浮かんで存在しているように感じられたのだ*2 。
沖縄の御嶽(拝所)はまだ十数箇所しか廻っていないが、ここは友利御嶽、東の御嶽、潮花司に並んで私にとって印象深い場所となった。
(no.156 薮薩御嶽 / 沖縄県南城市)