空き地図鑑

空き地、更地、使われていない資材置き場、オープンスペース、祭祀場、住居跡地など、「空いている場所」がもつ様々な機能、意味、魅力を探ります。 (※本ブログに掲載の写真および文章の無断使用(転用・転載など)は禁止しています。)

特徴のある空き地 

 

ライトアップされた空き地 

f:id:akichiniiko:20200102214314j:plain空き地は殺風景なので、どこも同じようにみえるかもしれない。

しかし、中には特徴的な空き地も存在する。

上の写真は、駅前ロータリーに面してあった空き地である。空き地の周りは単管パイプで仕切られ、立ち入りが禁止されている。ここは、昼間は目立たないのに、夜になると防犯ライトで照らされ周囲より目立って見える。

特に目につくものはないが、強い光で照らされると、何か特別な意味を持つ空間にみえて面白い。

ちなみに、この空き地の手前に灰皿の缶とパイプ椅子が置かれた一畳ほどのスペースがある。ここは普段、ロータリーで客を待つタクシードライバーたちが休憩スペースとして利用しているようだ。 

 (No.8 茨城県龍ケ崎市)

 

 

コンクリートで覆われた空き地  

f:id:akichiniiko:20200924232347j:plain
f:id:akichiniiko:20200924224739j:plain
この空き地は、地面がコンクリートで覆われているところが特徴だ(2012年撮影)。

雑草対策で覆ったのか、それとも何かの事業所(作業場等)の跡地なのかはわからない。防火水槽のように、コンクリートの中に水が貯められている場合もあるが、ここにはその標識も見当たらない。

きれいに面取りされた工業的なフォルムの中に、アクセントとして所々雑草が生えており、独特の美しさを感じる。

ここは、普段は近所の子供達がボール遊びなどに使っている。

 

f:id:akichiniiko:20200924230618j:plainf:id:akichiniiko:20200924230647j:plain
2020年撮影。最初に訪れてから数年経過した様子。

このように、まだこの空き地は開発されずに残っている。

f:id:akichiniiko:20200924230907j:plain

f:id:akichiniiko:20200924230914j:plain
しかし、空き地の景観はわずかに変化していた。数年前もコンクリートの継ぎ目から雑草が生えていたが、その数が増えている。それだけコンクリートの傷みが進んでいるのだろう。

モコモコした株が点在する姿はなんとなくユーモラスだ。

f:id:akichiniiko:20200924231012j:plain反対側の角から撮影。

f:id:akichiniiko:20200801171756j:plain前回は観察が足りなかったが、今回再訪して気になる所があった。たとえば、雑草で見えにくいがここに1畳ほど窪んだ所がある(上の写真)。

f:id:akichiniiko:20200924232057j:plain

同じ窪んだ所の冬の様子。おそらく、マンホールや水道メーターなどが設置されていた場所ではないだろうか。

f:id:akichiniiko:20200924225531j:plain
f:id:akichiniiko:20200924225533j:plain

そして、敷地の端には車の出入り口のような斜面がある。車が入るにしては、角度が急すぎる気もするが…。

f:id:akichiniiko:20200801172006j:plainしかし、よく見たら坂の端に階段の痕跡らしきものがあった。つまり、この坂にはかつて幅広の階段が設けられていたのかもしれない。

不思議な姿をした空き地だが、これまで観察した限りでは、ここは何かの店か作業場の跡地と思われる。おそらく、一般的な個人住宅の跡地ではないだろう。
  (No.9 茨城県龍ケ崎市)

 

 

一本の木が立つ空き地 

f:id:akichiniiko:20200102204554j:plainf:id:akichiniiko:20200102204621j:plainこの空き地は、家が4軒ほど建てられそうな広さがある。

そして、中央付近に一本の木(おそらく松)が植えられているのが特徴だ。

 

f:id:akichiniiko:20200102204651j:plainこの近くには、栗や松が何本も植えられている空き地がある。しかし、秋になっても栗は収穫されず、また、松も販売目的(庭木)で植えられてるようには見えない。

おそらく、それらの空き地は「宅地」のままだと固定資産税が高くなるので、税金対策として木を植え「農地」や「山林」などにしているのかもしれない。しかし、ここは樹木が一本だけなので、農地や山林と認定されることはないだろう。

 

f:id:akichiniiko:20200924223149j:plain
この空き地も、数年後に再訪してみた。

上の写真はさっきと反対側から撮影した敷地内の様子。新しく家が一軒建ち、空き地の面積は以前の4分の3くらいになっていた。

f:id:akichiniiko:20200804165912j:plainそして、中央に立っていた木は大きく成長していた。

放って置いたらさらに樹高は伸びるかもしれないできれば、ここは今後も開発されることなく残り続けてほしい。

  (No.10 茨城県龍ケ崎市)

 

 

窪地の空き地 

f:id:akichiniiko:20200925170113j:plainこれは、少し窪んだ場所にある空き地を、上に通っている道路から撮影したものである。

写真のコンクリートの壁の上にはコンビニエンスストアがあり、左下のフェンスの内側は溜め池(調整池)になっている。このように、二つのものに挟まれた空き地だが、実は左奥の丘を越えると、そこには公園がある。

ここはその公園の一部かもしれないし、左にある溜め池の管理用地かもしれない。 

f:id:akichiniiko:20200713215035j:plain先の写真を撮影してから数年が経ち、再び様子を見に行ってみた。

夏に訪れたので、草に覆われフェンスが見えなくなっている。

f:id:akichiniiko:20200713215008j:plainフェンスの内側(溜め池寄りの敷地)も、草や低木が生い茂る空き地となっている。

f:id:akichiniiko:20200713215031j:plain空き地の隣にある調整池。

 

 

この記事で紹介したように、少し変わった条件があるだけで、それがその空き地の「顔」になる。そして、特徴のあるこうした空き地にあだ名が付けられ、親しまれていた時代の記録もある。

世田谷区太子堂の歴史について記した『三世代遊び場図鑑』の中では、昭和初期のこの町に、多くの空き地が点在していたことが紹介されている。

そして、ある三角形の空き地が「三角」と名付けられ、盆踊り会場や遊び場に使われていたという*1

今では、当時のように気軽に空き地を利用できなくなってしまった。もちろん、現在でも、何かの集まりや遊びに利用できる公園・公開空地・レンタルスペースなどは存在する。しかし私は、このような「利用されることを前提に管理されたオープンスペース」ではなく、そういった利用方法を想定していない空き地の方に自由な雰囲気を感じてしまう。子供だけでなく、大人ももっと自由に空き地を使えるようになれば良いのに、といつも感じている。

 

 (No.11 茨城県龍ケ崎市)

 

 

*1:(木下勇『三世代遊び場図鑑』、風土社、1999年、「三角」の名称については72頁と138頁、当時の空き地の様子については138〜144頁を参照。)