空き地図鑑

空き地、更地、使われていない資材置き場、オープンスペース、祭祀場、住居跡地など、「空いている場所」がもつ様々な機能、意味、魅力を探ります。 (※本ブログに掲載の写真および文章の無断使用(転用・転載など)は禁止しています。)

火除明地(ひよけあきち)

過去につくられた緩衝機能をもつ空き地として、江戸時代に幕府の政策でつくられた「火除明地(ひよけあきち)火除地(ひよけち)ともいう)がある。

 これは、町で火事が発生した際に、周囲の建物に火が燃え移らないようにすることを意図してつくられた空き地である*1

 小木新造他編『江戸東京学事典』の記述によれば*2、火除明地は江戸の市街地に多く設けられ、そこは立ち入りが禁止されることもあったようだ。しかし、もともと人が集まる町の中に設けられていたため、色々な形で利用のための願いが出され、結局は町家になってしまうケースが多かったという。また、火除明地と同様に、防火目的として「広小路、広道、火除堤」なども設けられるようになった*3。 

 

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 「筋違八ッ小路」(斎藤幸雄 編『日本図会全集 江戸名所図会 巻1』所収*4)  

 

上の絵は、天保年間に刊行された「江戸名所図会」*5に載せられている火除地である。

ここは、現在の東京都千代田区神田にあたる。この空き地は複数の道路が交差する場所にあったため、当時は「八ッ小路」と呼ばれていたようだ。つまり、ここは防火のための広場であり、同時に街路としての機能も備えている。

そして、絵の様子から、かなりの広さだったことがわかるだろう。

絵の下のほうには神田川が流れているのが見える。そして、画面手前(左下あたり)にかかっているのが筋違橋(すじかいばし)であり、この橋を渡って筋違御門を抜けると、この広い火除地に出る。

なお、絵の右端には(画面から切れてしまっているが)昌平橋がかかっているのが見える。

 

 

 

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 「名所江戸百景」「筋違内八ツ小路」

(絵師:歌川広重 版元:「下谷魚榮」魚屋栄吉、1857年 11月出版、都立中央図書館特別文庫室所蔵。※画像の無断複製や二次使用は禁じられています*6。) 

 

この火除地は、歌川広重の浮世絵にも描かれている。

上は、筋違御門側から昌平橋方向を眺めたこの空き地の様子である。

画面の中央あたりに描かれている小屋はおそらく番所で、その裏に昌平橋がかかっている。つまり、この絵では、筋違御門がぎりぎり画面右下あたりに見切れて入っていない。

また、絵の下のほうに描かれているのは参勤交代の行列だろうか?右下には茶屋のような施設も見える。そして、絵の中央付近には、この空き地を行き来する人々や立ち話をする人などが描かれ、何となくのどかな様子が伝わってくる。

 

他には、神田祭の際に、この空き地で祭礼行列が練り歩く様子も絵に残されている。

下の絵では、筋違門から入った祭りの行列が、この空き地をぐるりと廻り、それを多くの人が見物し賑わっている様子が描かれている。 

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「九月十五日 神田明神祭礼」(斎藤幸成 編『東都歳事記 4巻付録1巻』所収*7 

 

この空き地からみて、神田川を挟んだ向こう側(絵の左上の方)に神田明神がある。

神田明神を出発したこの祭礼行列は、筋違門をくぐってこの空き地を通り、これから江戸城のほうに向かうところなのかもしれない。

実際にこの空き地で見る祭りの光景は、さぞ壮麗だったことだろう。この絵は木版で線だけで描かれているものの、行列の華やかさや、それを眺めて楽しむ人々の様子がよく表現されている。

 

 

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「東京三十六景」「二」「筋違御門内」

(絵師: 一景、版元: 蔦吉板  蔦屋 吉蔵、1871(明治4)年出版、都立中央図書館特別文庫室所蔵。※画像の無断複製や二次使用は禁じられています*8。)

 

また、上の浮世絵では、明治初期のこの空き地の様子が描かれている。 

構図は、「名所江戸百景」「筋違内八ツ小路」と同様に、筋違門側から昌平橋(画面中央辺り)方向を眺めたものである。

ここでは画面右側に、大きく切れてしまっているが、筋違門の石垣が描かれている。

また、門の石垣の横や空き地の中央付近で、露天商と思われる人が商売をしている様子もみえる。

 

 

そして、下の浮世絵は正月の風景を描いたものだろうか。ここでは、昌平橋側から筋違門(画面中央)を見た構図がとられている。

この空き地は、町中で凧を揚げるには絶好の場所だったのだろう。

ここでも露天商らしき人が描かれているが、道行く人の中には洋服を着ている者もおり、江戸から明治の過渡期の雰囲気が伝わってくる。

 

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「東京名所四十八景」「筋違御門うち凧あそひ」

(絵師 : 一景、版元 : 蔦吉板 蔦屋 吉蔵、1871(明治4)年出版、都立中央図書館特別文庫室所蔵。※画像の無断複製や二次使用は禁じられています*9。)

 

このように、八ッ小路は交通の要所として常に人の往来が盛んな場所であった。そこでは、日ごろ露店商大道芸人が往き交う人々の足を止め、またある時は、祭り凧揚げなどのイベント会場として使われることもあった。こうして、ここは地域の文化が形成される場になっていたのだ。

当時、火除地は八ッ小路以外にも様々な場所に設けられており、上野の広小路や秋葉原に設けられた火除明地なども有名である。

しかし、八ッ小路は、名所として広重をはじめとする絵師たちによって繰り返し描かれており、このことから当時の人々にとって文化的価値が高い場所だったことがわかる。

また、現代の視点からみても、防火のための緩衝地としての機能、交通要所でもある街路としての機能、露店営業、凧揚げ、祭りなどの多目的広場としての機能など、いくつもの機能を備えた珍しい空き地といえるだろう。

現代の日本に、道路であり、かつ多目的広場でもある八ッ小路のような空間がどれくらいあるだろうか。道路なら道路、多目的広場なら多目的広場(公園や公開空地)というように、目的ごとに土地が割り振られ使われているケースがほとんどではないだろうか。

そこでは、本来の目的からわずかでも外れた使い方をすれば、非難され禁止の対象になってしまうだろう。

公園や公開空地などの多目的スペースも、実際には規制事項が多く、限られた範囲での自由しか認められていない。そのため、私はそこを利用する際に窮屈さを感じることが多い。

もしも、多くの人が行き交う場所に、機能や利用法が一つに限定されない八ッ小路のような「ゆるい公共空間(空き地)」ができれば、そこは新しいコミュニケーションや文化が生まれる場になるのではないだろうか。

このような、意味や機能が限定されない曖昧な土地が、今後私たちの社会に増えていくことを望む。

 (no.42 八ッ小路 / 江戸(東京都千代田区))

 

 

 

*1:小木新造他編『江戸東京学事典』の「火除地」の項には、明暦の大火(1657年)を契機として幕府が江戸市街地の改造を行い、その際に防火のための空地が設けられたことや、18世紀の享保の改革における防火体制の強化に伴い、多くの火除地が指定されたことが記されている。(小木新造他編『江戸東京学事典』 三省堂、1988年(1987年初版)、88頁。)なお、西山松之助他編『江戸学事典』の「火除地」でも同様の記述がみられる。(西山松之助他編『江戸学事典』 弘文堂、1984年、37〜38頁。)

*2:前掲、小木新造他編『江戸東京学事典』88頁参照。

*3:前掲、小木新造他編『江戸東京学事典』、88頁。また、前掲、西山松之助他編『江戸学事典』の38頁には、「空き地を利用する露天商や大道芸がさかんにな」ったことが記されている。つまり、これらの空き地は、単に交通路として利用されていたわけではなく、交通(多くの人々が行き交うこと)の機能が積極的に生かされたコミュニーションの場であり、文化が育まれる空間として機能していたわけである。

*4:斎藤幸雄 編『日本図会全集 江戸名所図会 巻1』吉川弘文館昭和3年、64〜65頁(コマ番号53)。

国立国会図書館ウェブサイト 「近代デジタルライブラリー」より転載。著作権保護期間満了資料。http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1176676

*5:斎藤幸雄(さいとうゆきお)著 、長谷川雪旦(はせがわせったん)画。

*6:「東京都立図書館デジタルアーカイブ TOKYOアーカイブ」より。本記事へは、東京都立中央図書館から許可を得て掲載しています。

*7:斎藤幸成 編『東都歳事記 4巻付録1巻』、須原屋伊八 他出版、1838年、28〜29頁(コマ番号31)、(図画:長谷川雪旦 補画:松斎雪堤)。出典:国立国会図書館ウェブサイト「国立国会図書館デジタルコレクション」より転載。著作権保護期間満了資料。http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/8369318?tocOpened=1

*8:同上、「東京都立図書館デジタルアーカイブ TOKYOアーカイブ」より。都立中央図書館から許可を得て掲載してます。

*9:同上、「東京都立図書館デジタルアーカイブ TOKYOアーカイブ」より。都立中央図書館から許可を得て掲載してます。